2002年12月4日水曜日

珊瑚集:月の悲しみ シャアル・ボオドレエル


『珊瑚集』ー原文対照と私註ー

永井荷風の翻訳詩集『珊瑚集』の文章と原文を対照表示させてみました。翻訳に当たっての荷風のひらめきと工夫がより分かり易くなるように思えます。二三の 私註と感想も書き加えてみました。

シャルル・ボードレール
原文       荷風訳
  Tristesses de la Lune Charles Baudelaire

Ce soir, la lune rêve avec plus de paresse ;

Ainsi qu'une beauté, sur de nombreux coussins,

Qui d'une main distraite et légère caresse

Avant de s'endormir le contour de ses seins,



Sur le dos satiné de molles avalanches,

Mourante, elle se livre aux longues pâmoisons,

Et promène ses yeux sur les visions blanches

Qui montant dans l'azur comme des floraisons.



Quand parfois sur ce globe, en sa langueur oisive,

Elle laisse filer une larme furtive,

Un poëte pieux, ennemi du sommeil,



Dans le creux de sa main prend cette larme pâle,

Aux reflet irisés comme un fragment d'opale,

Et la met dans son cœur loin de yeux du soleil.


(Les Fleurs du Mal)


  月の悲しみ シャアル・ボオドレエル



「月」今宵、いよよ惰(ものう)く夢みたり

おびただしき小蒲団に亂れて輕き片手して、

まどろむ前にそが胸の

ふくらみ撫づる美女の如。


軟き雪のなだれの繻子(しゅす)の背や、

仰向きて横はる月は吐息も長々と、

青空に真白く昇る幻の

花の如きを眺めやりて、



惰(ものう)き疲れの折折は下界の面(おも)に、

消え易き涙の玉を落す時、

眠りの仇敵、沈思の詩人は、


そが掌に猫眼石の破片(かけ)ときらめく

蒼白き月の涙を摘取りて

「太陽」の眼(まなこ)を忍びて胸にかくしつ。



『珊瑚集』収録のボードレールの詩は全部で七つ。これが最後のものです。最後に美しい詩が入っていてほっとしました。「月」は "lune"、それから "lunatique" という言葉が出てきました。「気が狂った」という意味です。お月様から滴が垂れて、その滴が頭に入れば、人は気が狂うと言われていた。日本の「竹取物語 り」でも、月の光を浴びるのは不吉というくだりがあり、これは東西共通の言い伝えのようです。荷風は月を愛でる人でした。昭和20年、偏奇館炎上の際、荷 風はゆうゆうと愛宕山にかかる繊月を仰ぎ、それを日記に書きます。太陽よりは月を、表通りよりは裏通りを、社会的栄華よりは陋巷に隠棲することをのぞんだ 詩人の原点が、此処にも見られます。

余丁町散人 (2002.12.4)

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訳詩:『珊瑚集』籾山書店(大正二年版の復刻)
原詩:『荷風全集第九巻付録』岩波書店(1993年)

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